
『 版画』と一口に言っても、さまざまな種類があります。日本人にとっては、浮世絵で使われたり、棟方志功の有名な木版画が一番馴染み深いのではないでしょうか。今回インタビューをした三橋しのぶさんは、おもに銅版画をメインに活動されています。日本で銅版画というと、吉本ばなな著「TUGUMI」の挿画を手がけた山本容子さんが有名。ユニークな工程を辿る銅版画の魅力にとりつかれ、現在は版画アーティストとして、ここカルガリーで活躍する三橋しのぶさんにお話を伺いました。
版画の魅力は、結果の予測がつかないところ。
-銅版画に興味を持った経緯を教えてください。
山本容子さんや、長谷川潔さんといった銅版画の作品をよく見る機会はあるものの、どうやって作るのだろう?と疑問に思っていました。
木版画は小学校などでやったことがある人も多いと思うのですが、プロセスが分かりやすいですよね。でも銅版画は、素人にはどのようにプリントされているのかよく分からないので、挑戦してみたいな、と。当時、愛知産業大学のカリキュラムでは、シルクスクリーン(版画の一種)の授業はあったのですが、銅版画がなかったので先生に「銅版画も教えていただけませんか?」と聞いてみたのが最初の銅版画へのステップでした。
とても親切な先生で「用具を揃えたらちゃんと教えてあげるよ」と言ってくださり、他にも興味のあった生徒数人とで授業外のレッスンがスタートしました。
おかげですっかり銅版画の面白さに開眼して、その後仲間の一人の言葉がきかっけで作品展をしてみたり。はじめての作品展だったので、開催まで合宿をして作品づくりをしたりと、楽しかったですね。大学側も活動を認めてくれてアトリエを貸してくれるようにまでなりました。
このときの先生と仲間には、本当にいまでも感謝の気持ちでいっぱいです。

-銅版画の魅力とは、どんなところですか。
絵を描く方というのは、最後の最後までキャンパスの前にずっと立って、絵が作家の手を離れることなく完成しますよね。
版画というのは、一旦途中で作品が作家の手から離れるんです。版を腐食させている時とか、インクを詰めてプレス機で刷っている時・・・作品が手から離れる間に、自分の手ではないものの影響を受けるところが、私にとって版画の最大の魅力です。
絵を描く人は、作品が自分の手から離れてしまうなんて嫌だという方もいるみたいですし、版画家さんも色々な意見を持っている方がいらっしゃいますが、自分の手を離れている間に起こる、予想のつかない思わぬハプニングが作品にいい影響を及ぼすこともあって、私はそれこそが版画の面白いところだと思っています。逆に自分の手で作品をコントロールできずに苦しい時もあるのですが(笑)。
あとは、1枚の版から、何枚も刷ることができるのも魅力のひとつですね。
優しいカルガリアンのおかげで、作品づくりの道が開けた

-カルガリーに来てからも、作品展開催など積極的に活動されていますが、最初はどのようにカナダでの作品づくりをスタートさせたのですか。
日本からカルガリーへ来た際に銅版画の用具は一応持ってはきたものの、作品作りができるとは思ってもいませんでした。ダウンタウンにあるArt Centralの画材屋さんに行って、カルガリーにはどんな道具が売っているのかな、と見ていたら、お店の人が声をかけてきてくれて。私が銅版画をすることを伝えたら、Alberta Printmakers' Society(アルバータ版画協会)を紹介してくれました。本当に親切なお店の方で、アルバータ版画協会が日本との親交があることを教えてくれたり、わざわざコンピュータを持ってきてウェブサイトをプリントアウトしてくれたりしたんですよ。カルガリーの人って親切だなーって感動しました。
実際アルバータ版画協会のウェブサイトにアクセスしてみると、作家募集をしていたので作品の写真を送って応募してみたところ、気に入っていただき1年間無料で会員になることができました。協会ではスタジオも貸してくれる、ということだったので、「カルガリーでも作品づくりが出来そうだな。」と嬉しかったですね。
同時期に、ACAD(Alberta College of Art and Design)の存在を知り、エッチングのクラスも受講しはじめました。おかげで一気にカルガリーでの作品づくりの道が見えてきましたね。
-実際にカルガリーで作品展をした感想をおしえてください。

アルバータ版画協会では年に2回(2月と11月)、作家さんが集まって作品展をしているのですが、そこへ参加したのはとてもいい経験となりました(写真右)。作家さんがたくさん集まるグループでの作品展は、日本でもよく出展していたために慣れていたのですが、今年の3月には、はじめて個展をする機会に恵まれました。
自宅近くのアートギャラリーに、たまたま作家募集という貼り紙があったので、気軽に「グループ展をできたらいいな」くらいの気持ちで作品を持って訪れてみたところ、オーナーに作品を気にっていただいて、ソロ(個人)で作品展をすることが決まりました。その時はさすがにビックリしましたね。カナダに来てまだ半年も経過していなくて英語もままならないのに、「本当に私でいいのかしら?」って(笑)。

日本のアートギャラリーはアーティストにとって敷居が高いところが多い気がするのですが、ここカナダでは、英語ができなくても作品を認めてもらえればギャラリーのドアへ気軽にアクセスすることができるというのを身を持って体験しました。素晴らしいことですよね。
個展を開催するにあたって、いろいろと苦労もありました。
ギャラリーからは、作品にフレームをつけて持ってくるように言われたのですが、カルガリーではどの額縁店がいいのか、そして値段も分からなかったので、まずは17アベニューにある額縁店を一軒一軒作品を持って値段を聞いて回りました。慣れない英語で用件を伝えて、さらにセンチメートルではなくてインチだったのも、とても混乱しましたね(笑)。結局、額縁店では結構な値段だったので、最終的には自分ですべてフレーミングをしました。
日本でフレームをつけてもらう場合は、作品を見せながら感覚で「こんな感じで」と注文すればカットもしてくれるし、急ぎのときは電話をして「額縁はこの色でここは何センチカットしてください」っていえば良く、さらに出来上がったら持って来てくれるというサービスもしてくれるのですが・・・(笑)。
カナダでは、作家さんは作品づくりの他に自分でフレーミングまでするんだ、ということも学びました。
カナダの大自然が作品のモチーフに
-カナダに来て、作品に変化はありましたか。

自分で作風を変えたつもりはまったくないのですが、カナダはやはり自然が多いので、今までと比べると自然をテーマにしたものが多くなりました。7月にバンクーバーの国際小版画コンクール「BIMPE Ⅵ」にて入選した作品も、切り株がテーマになっています(写真左)。この時は公園に行って普通に木を眺めていたところに切り株を見つけたのですが、異常なほどに大きくて!やはり日本のとは違うなーって。そしてゴツゴツした表皮にとても目を奪われて出来た作品です。日本だと山の中に行かないと、なかなか大きな切り株を見ることってないですよね。
大学でお世話になった先生にも、インターネットを通じてカナダでの作品も見ていただいているのですが、やはり作風が少し変わったとおっしゃっていました。身近に作品のモチーフになりやすい心惹かれる大自然があるというのは、ありがたいですね。
-作品づくりの他にも、ボランティア活動も多くされていますよね。
CIWA(Calgary Immigrant Women's Association:カルガリーに移民してきた女性を対象にする非営利団体)にて、Art and Craft Volunteerというのをしています。もともとは、この団体の英会話のプログラムに参加するためにCIWAを訪れたのですが、私がアーティストということを伝えると、「Art and Craft Volunteerというのがあるよ」と紹介していただいたのがきっかけです。古布や古紙を使って、クリスマスカードを作ったり、ミシンでエプロンやプレイスマットを作って、販売したりしています。
また、University of Calgary(カルガリー大学)では日本語クラスのアシスタントの経験もしました。カルガリーに来た当初は、とにかく日本語を話すことができる環境をいろいろとインターネットで情報や団体を探しては、訪れていました。おかげでたくさんのネットワークができました。

最近では、個展を開いたギャラリーで習字とアートを融合させたキッズクラスも担当しました(写真右)。もともとここのオーナーが、日本の少女マンガを描くワークショップを子供向けに開いていたので、「日本人の私にも手伝えることはない?」とアプローチした結果、私が企画した新たな案でクラスを担当させてもらえました。つたない英語で、どんなクラスにしたいのかプレゼンテーションしたのですが、熱意が伝わったのか、開催が決まったときは嬉しかったですね。
-最後に将来の夢を教えてください。
多くの方に版画の存在・魅力を知っていただくお教室のようなことをカルガリーでもっと開催できたらな、と思っています。あとは、実際自分の作品を自分の手で売るアートショーなどに出店してできたらいいな、と思っています。日本ではなかなかアートショーのようなものが少ないので、カナダに居る間に実現できたら素晴らしいですね。
<取材を終えて>
興味があるものへの探究心・行動力が、三橋さんのカルガリーでの活躍につながっているのだな、とすっかり感心してしまいました。少女のように瞳がキラキラして、楽しそうに版画のことをお話する三橋さんとの時間は、あっという間でした。やわらかく温かい三橋さんの人柄がそのまま表れている、優しさ溢れる作品の数々。これからもっとたくさんの方に見ていただきたいな、と思いました。(取材・プロフィール写真撮影:Y)